大久保由美子のメール新聞〜カナダからの手紙 vol.11

5月18日〜28日
ロッククライミングセクションである。スポーツパブでこれを書いている。北米ではこの時期、6月末の優勝決定戦に向けてアイスホッケーが熱い。講習中にもかかわらず、インストラクターを筆頭に、みんな毎夜のようにホッケー中継を見にスポーツパブへと繰り出す(金がかかるので、私はめったに参加しないが)。

客がモニターの動きに合わせて、一丸となって一喜一憂しているのが微笑ましい。こちらのスポーツパブは、たいていはアーリーアメリカン調で、白い半袖開襟シャツに黒のミニスカート&エプロンのかわいいウェイトレスが忙しく愛想をふりまき回り、床にはみんなが食べ散らかしたピーナッツの殻が散乱している。私ももう少し若かったら、こういう明るい酒場でタイトミニ履いて働いてみたかった。

その後、北米で封切られたばかりの「スターウォーズ」を見に行く。8.50カナダドル(約700円)。もちろん字幕はないので、東京のように1800円だったら見なかったに違いない。ヒアリングの勉強にと思ったが、トリプルマルガリータと昼間の疲れがたたって後半は寝てしまった。

それはさておき、ロックだ。
皆さんは”登山”というと、「ファイト!一発!」のCMのように必ずロープを使って岩壁をよじ登るイメージを抱くかもしれない。しかし、私のように岩登りが出来なくとも8,000m峰のノーマルルート(一番簡単なルート)は登ることが出来る。岩登りができる人はヴァリエーションルートといって、それこそロープを結び合わなければならない、より困難なルートを選ぶ。

私の当面の目的は、ルートにこだわらず、「高み」だが、岩登りも大好きで、いつかはビッグウォール(1,000mクラスの岩壁)を登ってみたいと思っている。81歳のおじいさんがエルキャプ(米カリフォルニア州ヨセミテ国立公園にある1,000m級の岩山エルキャピタンの略)を登って、前回自分が作った最高齢記録を塗り替えたという噂を聞き、心強く思う。

とはいっても、未だに5.10(ファイブテン:アメリカのフリークライミングのグレードで、「5」はロープの確保が必要なクライミング、次の数字は細分化された難しさを示す)台をウロウロしており、一流女性クライマー遠藤由加嬢に
「まずはイレブン(5.11)を目指しなさい」
と言われ、現在努力中である。そういった意味では、11日間ぶっ続けのクライミングは、勘を掴むためにも大いに有意義なセクションとなった。

ベースはトウヒと新緑の美しい白樺に囲まれたBow Valley州立公園のオートキャンプ場。こんな人里近くでも(いや人里近くだからこそ)クマが出没し(隣のテントサイトで見た!)、それでも食料と歯磨き粉を車にしまってテントで寝るのだから、まったくクマと人間が共存している国だと驚く。

日本で自然の岩場に行くとなると一大作業だが、ここからは車で10分から1時間の間にあらゆる岩質のゲレンデ(練習用の岩場)が揃っており、なんともうらやましい。そして11日のうち、2日はマルチピッチ(複数のピッチを続けて登ること)デーになっており、インストラクター1対生徒2で7〜9ピッチの岩壁を楽しんだ。パートナーのタムシンは岩登りは初めてにもかかわらず、その身体の柔らかさ、リーチの長さ、腕の力の強さでアッという間に上達し、一緒に5.10bのマルチピッチを登ることができた。

ところで、岩登りの魅力とは。
人それぞれだろうが、私にとっては日常では経験できない”集中力”にある。一見、ツルツルに見える岩壁も、よーく探せば足の先や指を引っかける場所が必ず見つかる。この時の集中力といったら、落ちるのが恐いものだから、それはすごいものがある。

落ちそうになると、
「大丈夫、落ちない。大丈夫、落ちない」
と心で念じ、心拍数が急激に上がりそうになるのを必死で押さえるのだが、こちらのテキストにも必ず積極心理というのが載っていて、
「Yes, I can Yes, I can」
と唱えろと書いてあり、みんな同じだなぁと、なんだかホッとする。

他にも
「特定の色(ピンクとか)を思い浮かべろ」
とか、
「鼻先の岩の結晶の信じがたいほどの美しさに感嘆しなさい」
というのまであって笑った。

そして、今までの自分の力以上と思えることができた時の達成感は格別である。おそらく、単に”できた”というよりは、自分の心の弱さに勝ったというより心理的な要因に帰する喜びなのだろう。また、”自分で登るラインを作っていく”という創造的な喜びも伴う。ロッククライミングは一見原始的なスポーツのように見えて、実は瞬発的に脳を働かせる、非常に前頭葉的なスポーツなのである。だからやりだすと「ハマる」のだ。

次回、最終回。