大久保由美子のメール新聞〜カナダからの手紙 vol.12[最終号]
 「ファイナルエクスペディション(5月31日〜6月4日)」

アッという間に最後のセクションになってしまいました。それでも、3月初めにカルガリー空港に着いた時、雪景色の初めての土地で少し心細く感じたのが、随分昔のような気もします。今、ようやくここキャンモアでは雪も降らなくなり、トウヒに混じる白樺の新緑が美しい季節になりました。

さて、最後のセクションは、すべて生徒達で計画するエクスペディションということで、とても楽しみにしていたのですが、今年は例年にない冬の大雪で、大規模な雪崩の危険が大きいということで、結局氷河があるような所には行けませんでした。

11人の多数決で、歩荷(重い荷物を担いで山に登る訓練)をしたい私の意見はことごとく否決され(あたりまえか)、初日のアイスクライミングの時に滞在したランパートクリーク近くの3,000m峰を目指しました。

しかし、そこでも2時間くらい登ったところで目標の山が見えたとき、インストラクターが
「雪が腐っている上、さらにこれから暖かくなるといっているが、You guys, どう思うか?」
というサジェスチョンがあり、急遽断念(やはり学校はリスクは犯せません)。

結局、ショートロープ(岩稜帯でロープを短くつなぎ合って、どちらかが滑ったらすぐに引っ張って止めたり、危ないところではロープを岩角に引っかけて、摩擦を利用して未然に事故を防いだりすること)の訓練になるというGhost River Valleyに移動しました。

そこはキャンモアのずっと裏にあたるところで、岩登りのメッカなのです。大好きな雪がほとんどなくがっかりしましたが、まぁ歩荷訓練を自主的にすればいいやと思い、ザックに石を入れて歩くと、同期の男の子に「シリアスマウンテニアー」と皮肉混じりに言われましたが、とんでもない、実はその逆の超快楽主義者なのです。

本番(私にとっては遠征)で余裕を持って山を楽しみたいからこそ、普段トレーニングしておくだけです。今の私の本番とは、このコース終了後に計画しているアラスカのデナリ(6,194m)という山です(注:マッキンリーのこと)。カナダに来る直前、きっとこの3ヶ月のコースだけでは物足りないだろうと思い、アラスカのレンジャーステーションにソロで申請しておいたのです。

ところが、コース同期の日本人ヒデ(27歳)が、「行きたい」と言うので、一緒に行くことにしました。デナリは4,300mのベースキャンプに着くまではヒドンクレバスがたくさんあるので、パートナーが見つかって一安心です。同期と仕上げの実践ができるというのもとてもワクワクすることです。そして8月中旬からは女性2人でムスターグ・アタという中国の7,500mクラスの山に出かける予定です。そんなわけで、43kgの体重がネックとなる私は、荷物の重さに慣れておく必要があるのです。

周りを岩山で囲まれたGhost Riverの中州にベースキャンプを作って、2日目はBlack Rock Mountainという2,400m位の山へ、3日目はEast Phantom Crag(東の幽霊の岩山)、4日目はWest Phantom Crag、最終日はBow Valley に移って、Shaughnessy Ridgeという岩稜帯歩きを楽しみました。どれも名前からしてオドロオドロしいのですが(Devil's Headという山も近くにありました)、全体的に2,000m位から上は切り立った岩峰で、頂上は平らという姿からそんな名前が付いたのでしょう。

4日目までずっと雨にたたられ、ファイナルにしては物足りないせいもあってか、みんなのモチベーションは低く、なんと4日目は私のグループ (ずっと2つのグループに分かれて行動していた) は、私以外誰も起きてこず、プライベートレッスンとなり大変得をしました。

こちらの山は、アプローチでも日本のように親切すぎる標識の類は一切無く、踏み跡も不明瞭なので、まさに地図と周りをみながらルートファインディングをしていく楽しさがあります。生い茂った樅の木をかき分け、絨毯のように柔らかいコケを踏みしめ、途中けもの道を見つけたりして、「これぞ山歩き!」と実感できる山歩きばかりとなりました。

もちろん、クマにバッタリ合ったりしたら危険なので、よーく先を目を凝らして時々声を出しながら歩きます。そんなに難しくなくても、足を滑らせたら最後、何百mも落ちてしまうような岩場ではロープを結び合います。ロッククライミングをする場所と違って、岩がとてももろく、プロテクションもあまり効かないので、手や足を置くときは良くたたいてチェックしてから体重を乗せて登ります。

最終日は、フィナーレにふさわしく絶好のお天気となり、左右が切れ落ちた頂上からどこまでも続くカナディアンロッキーが見渡せ、みんな満足そうでした(といっても参加者は11人中4人で、インストラクターはちょっと悲しそうでした)。当然、その夜はビッグパーティーとなり、しこたまみんなで飲み明かしました。

最終号なのに、3ヶ月間家族のように過ごしたみんなとの別れが悲しくて、なんだか幼稚な文章になってしまいました。このコースで新しく学んだことは、少しでも若い人に伝えていきたいと思います。

長い間、雑文にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。この便りは、もう少しましな文章にして、写真付きで山岳雑誌に掲載する計画がありますので、その時はお知らせしますね。それではお元気で。またお会いしましょう。