大久保由美子のメール新聞〜カナダからの手紙 vol.6

4月10日、オフ。カナダアルパインクラブ(以下ACC)のスタッフ、マキコと、「カツ丼、カツ丼・・・」と想い描きながら、キャンモア唯一の日本食レストラン (その名も”武蔵”)に行くが、閉まっていてガックリ。しかたないので、隣のモンゴル料理屋でジンジャービーフと焼きめしを食べるが、これがうまい!その後必要な買い物をしたら1日が終わってしまう。なにしろ、町まで、歩いて片道45分かかるのだ。

4月11日、氷河スキーキャンプの準備デー。インストラクターとセクションの目的、装備、ルートを確認し、ACCの庭でコンティニュアス(ロープを結んだパーティー全員が、同時に登る方法)のシミュレーションをする。氷河には、クレバスに雪が被さって、その危険が読めない場所があり、誰かが落ちたときに、他の人が止められるよう、数人でロープを 結び合うのだ。

以下、山屋の人へ。カナダではアンカーにすぐセットできるよう、あらかじめ自分の前(または後ろにも)のメインロープにプルージックを結んでおく。スライドで、氷河地形の特徴と、世界中の様々な種類の氷河を見た後、キャンプの食料をテントメイトとパッキングして終わり。 

4月12日〜16日、今回のセクションの主な目的は、スキーで氷河を安全に旅することと、万が一クレバスに落ちてしまったときの救出方法の習得である。場所は、キャンモアから車で1時間半(いつもながらアプローチの良さがうらやましい)、アイスフィールド・パークウェイをレイクルイーズから少し先へ行ったところから入るWapta Icefieldsという、広さ150平方キロの大氷原。氷河の溶けた水が流れ込んで出来た「ボワ・レイク」が出発点だ。

ここまではパークウェイのすぐ脇にも関わらず、湖の向こうに氷河をまとった険しい岩山が望めるため、日本人や韓国人のツアーバスがどんどんやってくる。湖はまだ凍っていて、我々はスキーでガシガシと渡っていく。両側に雪層が迫る狭い廊下(夏は川)を通り抜け、森林限界を超えると、ドーンと目の前に、上部に氷河の端が露出した部分、つまり懸垂氷河を持つ大岸壁が現れた。

そこは、雪崩やセラックの崩壊で有名なところだが、目的地へ着くためにはその下を横切らねばならない。ところが、初日は足首を捻挫したクリスティーのために、その手前のサイドの丘を越えたところにテントを張ることになる。うまい具合に少しだけ小川が雪の表面に出ていて、快適なテント場となった。

翌日、そこをベースに、クリスティは休養。残りは2グループに分かれて3000mのクロウワット山を目指す。朝の気温は−9度。出発1時間前まで雪が降っており、15cm位の積雪である。出発前には、必ずビーコンの発信音をチェックする。ルートは、生徒が交替でリードしていくのだが、本日の一番乗りは私。

新雪をスキーで踏む感じがいやに頼りなく、「ヤダナー」とは思っていたが、下部に切れ目の見える小さな段差の下を「このくらいの高さなら(雪が)落ちても大丈夫だろう」と横切ったら、やっぱり落ちた。縦3m、横10m位の小さな雪崩だったが、音がスゴイ。「ヴォンッ!」と瞬間的に風が圧縮されたような異様な音。何か感じたときは必ず何か起きるのだと肝に銘じる。

それから斜面に非常に気を使いながらルートファインディングしていくが、広く、なだらかな白い起伏の表面全体を吹きすさぶ風がさらい、見渡す限り雪がキラキラと波のように走っていく様子が、とてっも幻想的でうっとりとする。風が強いため、数時間もすると雪はある程度締まってきた。クレバスがあったので、ロープを結ぶが、雪が深く、ほぼ危険はない。

深雪もスキーのシール登高なら、驚くほどラクにどんどん登れる。そして降りるのはあっという間。ずっとやってみたいなとは思っていたが、こんなことならもっと早く始めるべきだったと後悔する。均等なシュプールを描くには、まだまだ修行が必要だ。夕方はT字のアンカー(確保の支点)の理論をスキーを使って学ぶ。

次の日は、待ちに待った快晴。しかし、朝の気温は−16度まで下がる。ついに大懸垂氷河の下を横切る日が来た。この2日間、全く崩壊箇所はみられなかったが、朝これだけ冷え込み、今は日が当たって突然気温が上昇しているから、「セラックやばいかナー」と思っていたら、私たちが谷の底を遠巻きに横切り終わり、斜面を登ったところで休んでいたら、「ドーン!」と雷のような音が谷に響きわたり、「ドドドーッ」と雪崩始めた。

結局、デブリ(雪崩の端の堆積物)はトレース手前で止まったが、その時そこを通過していたら、どれほどの恐怖を味わったことだろう。昼にはその岸壁の裏側の大氷原に到着。どこまでも白い平原が海のように広がり、その向こうには3,000m峰がいくつも見える。
「こんな神秘的な場所が、山の上にあるとは!」
と息をのむ。すっかり、その偉大さに魅了されてしまう。

午後はsnow cave作り。雪の斜面にスコップでトンネルを掘り、その入り口より高いところをさらに掘り進み、そこに人が寝起きできるスペースを作るのだ。天井に空気穴を作って出来上がりだが、雪の中はテントよりずっと暖かく、快適なのだ。
夕方、クレバスレスキューシステムの基本を、ロープスリングと環付カラビナを使って練習。

翌日も晴れて−11度まで下がる。この日は陽が登ってもあまり気温が上がらなかったため、みんな足先のしびれに苦しむ。インストラクターが教えてくれたのだが、両手のストックで身体を支え、片足ずつ出来るだけ大きく前後に何十回も振ると、血流が足先まで行き届いて痺れがとれる。原始的な方法だが、効果は抜群で、
「さすがにいろいろ知ってるナー」
と感心する。

この日は3,200mのMt. Gordonを目指す。たったこれだけの高さで、頂上からの景観は、ヒマラヤに勝るとも劣らない。とにかく山深く、見渡す限りどこまでも氷河の爪痕を持つ急峻な山、山、山。谷にあるはずの町は山影に隠れて全然見えず、遠くブリティッシュ・コロンビア州のアッシニボイン山やバガブーまで見渡すことが出来る。

午後は登高中見つけた安全な急斜面で、本格的なクレバスレスキューの実践。すぐ復習しないと絶対に忘れるほど複雑なシステムだ。要は、昔理科で習った滑車の理論なのだが、アレは当時も苦手だった。何より落ちないことだが、ガッシャーブルムの遠征の時、ベテランの隊員でも一人で行動中に落ちて、肋骨を折ったくらいだから、その存在を予測するのはかなり難しい。ACCに帰ったら、すぐ復習しよう。

もう日も長くなり、アルバータ州時間で午後9時過ぎまで明るい。雪が音を吸収するのか、夕暮れはとても静かで、ローズ色に染まった大氷原の斜面に小さく描かれた、シンメトリックな美しい弧のシュプールと、ちょっと不格好なそれだけが、静的風景の中で昼間の躍動を物語っている。
それにしても今回は寒かった!