外国のコマーシャルエクスペディションに
参加するということ
●隊名称 AMICAL ALPIN AMA DABLAM EXPEDITION ’97
●主 催 ドイツコマーシャルエクスペディションオーガナイズ会社
「AMICAL alpin」 (http://www.amical.de/)
●日本人参加者および派遣母体 大久保由美子/ガイアアルパインクラブ
●目 的 ネパールヒマラヤのアマダブラム(6,856m)南西稜からの登頂
●期 間 1997/9/27〜10/26 (30日間)
●隊構成 リーダー 1名
クライアント 9名 (ドイツ人8名、日本人1名)
サーダー 1名
クライミングシェルパ 1名
コック 1名
キッチンボーイ 2名
リエゾンオフィサー 1名
●クライアントの年齢構成 20代 2名
30代 2名
40代 4名
50代 1名
●クライアントの職業 山岳ガイド 2名
医者 1名
ホテル経営 1名
保険会社経営 1名
会社員 3名
アルバイト 1名
●クライアントの登山技術レベル
かなり高く、ガイドがいなくても登れるレベル。8000m峰経験者も5名いる。ただし1名は、1人のクラ
イアントの専属ガイド。コマーシャルエクスペディションに参加した理由をたずねると、一様に「オー
ガナイズする時間がないから」という。
●費 用 8,850ドイツマルク(当時約58万円;フライト除く)
●参加に当たっての必要事項
日本山岳会の推薦状(ネパールの場合)と、写真を貼付したバイオデータのオリジナルをエージェント
へ送付。
●クライアント持参物 個人装備のみ(キャラバンバッグは支給)
●コマーシャルエクスペディションの形態
基本的にオーガナイズのみ。しかし、結果的にリーダーは2回登頂し、シェルパとともにクライアントを
ケアしている。フィックスロープは頂上まで保障している。
●言 語 ドイツ語。日本人との会話のみ英語。ただし英語が話せない者もいる。
●義 務 AMICAL ALPINのスポンサー、クライアント宛ポスターカードにサイン
●行動日程 (主催者行動/クライアント行動)
9/27 ネパールカトマンズ集合
滞在は5スターの高級ホテル。登山前後の休養は贅沢にという趣旨。
28 ブリーフィングおよびエージェント打ち合わせ/市内観光
基本的に自由行動。朝夕食のみ費用に入っており、同席して交流をはかる。
29 空港へ行くが、悪天候のためキャンセル
30 カトマンズ=ルクラ(2,827m)→<徒歩>→パクディン(2,652m)<約3時間>
宿泊はロッヂ。ただし、食事はすべて良く訓練されたコックがドイツ人の口に合うもの
を作ってくれる。後に、あまり食事にこだわらない私も、醤油だけは持ってくれば
よかったと後悔することになる。
10/1 パクディン→ナムチェ・バザール(3,440m)<約5時間>
初めてルクラ−ナムチェ間で泊まったが、やはり高所順応がスムーズだ。
2 ナムチェ・バザールでレスト シャンボチェ(3,833m)へ高所順応
3 ナムチェ・バザール→デボチェ(3,757m)<約4時間>
2名調子を崩し、ナムチェにもう1日滞在。誰も付かない。
4 デボチェ→アマダブラムBC(4,600m)
プライベートエクスペディションと異なると思われる設備は、大きなメステント、各クライア
ント4人用の広い個人テント、クッションマット支給、トイレ、シャワーテント、サテライト
フォン
5 BCレスト ヤクでデポ地点(5,100m)まで全上部装備荷上げ。
6 BCレスト プジャ(安全祈願) 遅れていた2名が到着。
7 BC−C1(5,800m)設営ステイ/C1往復
シェルパ2名とリーダーで隊装備荷上げ。個人装備は各人で荷上げ。上部テントは2名に
1つ。復路、個人的にガイドを雇っていたクライアントが足首を捻挫。
8 C1−C2(6,100m)間ルート整備→BC/BCレスト
既に登山を開始していた他の隊がC2までロープをフィックスしていたが、張り具合が甘い
ため補強。
9 BCレスト/BC→C1ステイ
負傷していたクライアントがガイドと共に登山断念を決定。
10 BCレスト/C1→C2→BC
サテライトフォンでヘリコプターを要請したら、2時間後に到着。2名帰る。
11 C1ステイ/BCレスト
12 C1→C2設営/BCレスト
13 C2→C3(6,400m)設営→C2ステイ/BC→C1ステイ
14 C2→C3ステイ/第1グループ C1→C2ステイ
第2グループ C1→C3ステイ
このころになると力に差が出てくるので、速い者(4名)と遅い者(3名)を2グループ
に分けてタクティクスを変える。
15 C3→TOP→C2ステイ/第1グループ C3→TOP→C1ステイ
第2グループ C2→C3ステイ
ロープをフィックスしながら登頂。
16 C3→TOP→C2ステイ/第1グループ C1→BC
第2グループ C3→TOP→C1orC2ステイ
下降速度にも差が出たので、遅い者にリーダーがつく。シェルパがデポ地点を何度
も往復し、隊装備を荷下げ。
17 C2→BC/第1グループ BCレスト
第2グループ C1orC2→BC
18 BCレスト
19 BC後片付け/カラパタールへトレッキング
早く登れたので自由行動とし、クライアントはそれぞれトレッキングへ。
20 BC後片付け/トレッキング
21 BC→タンボチェ(3,867m)/トレッキング
22 タンボチェ→ナムチェ・バザール/ナムチェ・バザール集合
23 ナムチェ・バザール→ルクラ
24 ルクラ=カトマンズ デブリーフィング/市内観光
25 エージェント残務処理/自由行動 フェアウェルパーティー
26 空港解散
●感 想
コマーシャルエクスペディションってなに?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
エベレストに登頂した後亡くなった難波泰子さんが当時参加していた公募隊と言えば、どこか
で耳にしたことがあるのではないかと思います。
イメージとしては、お金さえ払えばすべてお膳立てしてヒマラヤに登らせてくれる会社といった
ところでしょうか。ただ、ほとんどのコマーシャルエクスペディションオーガナイズ会社は看板
ガイドの名前を前面に出しているので、その人がすべての行程をガイディングしてくれ、
素人でも安心して登れると勘違いしている方も多いもしれません。か
ひとくちにコマーシャルエクスペディションといっても、いろいろな形態があるようです。大きく
2つに分けると、かなりの金額を請求する代わりにガイドまで引き受けるものと、オーガナイズ
のみとし安い値段で提供されるものがあると思います。
今回私が参加したコマーシャルエクスペディションは後者に近いもので、クライアントもふるい
をかけられているようでした。核心のX−(UIAA方式グレード)の通過も、各々の判断に
任せられていました。ただしタクティクスは指示され、登頂日だけは、シェルパとリーダーが
前後を固めていました。
主催のアミカルアルパインにはガイドが6名所属しており(当時)、年間10数回の6,000mから
8,000mにわたるエクスペディションと20数回のトレッキングを中心にヨーロッパアルプスのツアー
スキー、ロッククライミング、アイスクライミングなど幅広く手がけている、エクスペディション
オーガナイズ会社としてはドイツでも規模の大きなものの1つです。
ただし、カタログの前文にはヒマラヤの高峰についてはオーガナイズのみとあります。コマーシャル
エクスペディションを直訳すると、営利遠征隊、つまりここでは、それなりの力はあるが仕事などが
忙しく、許可取得手続きや準備をする時間のない者に対し、会社組織がエクスペディション
オーガナイズを代行して利益を得るといった形の需給が成り立っている遠征隊のことです。
私は基本的にはコマーシャルエクスペディションでヒマラヤに行くことに抵抗があります。なぜなら、
準備の苦労も充実感を増すスパイスであり、さらにタクティクスを人に決められることに少なくない
反発を感じるからです。
しかし、今回は友人であるラルフ・デュイモヴィッツ氏の誘いに対し、たとえ充実感が少なくても、
登山技術・体力とも未熟な私には今後のヒマラヤ遠征を考える上でメリットも大きいと考え、
参加を決めたのは出発の1ヶ月前でした。こんなに直前に遠征を決めることができるのは、
コマーシャルエクスペディションならではの魅力だと思います。
参加してみると、クライアントはみなきちんとした社会的地位を持っており、資金はあるがオーガ
ナイズする時間がないという、日本にはそういった制度はありませんが1ヶ月間のヴァケーション
を利用してきている人ばかりでした。
彼らはルート工作を自分たちでしないと充実感が得られないといったようなこだわりはなく、ヴァケ
ーションを遠征に充て、ただクライミングを楽しみたいという感覚で、何の気負いもなく、しかも
ある程度山のなかで自立できる実力を持っているということは私にとって新鮮なことでした。
ラルフ氏は、以前組織したエベレストのコマーシャルエクスペディションのメンバーも、まずヨーロッパ
のクライミングを経験し、ヒマラヤの6,000m峰を数座登り、次にいくつかの7,000m峰、8,000m峰も
2座以上は経験した者を注意深く選考したといいます。これは会社である限り当然のリスク排除
対策であり、すべてのエクスペディションオーガナイズ会社がこうであってほしいと願うばかりでした。
今回参加して思ったのは、やはり本当に楽だということ。アレンジはすべてやってくれるので、一番
面倒な隊荷の輸送についてなにも考えなくていい。自分はただ、自らの健康管理、高所順応計画、
ハイフードの選定、個人装備の荷上げ、フィックスロープは頂上まで完全に張ってくれるので、
自分の命を守ることのみに専念できる。要するにイイトコどり。
誤解してはいけないのは、どんなに遠征隊が要領よく組織されていたとしても、山が長い間そこに
あり、これからも長い時間そこに聳えていくのに対し、我々の命は自然、母なる地球の力とは
比較にならないほどもろく壊れやすいという事実は変わらないということだと思います。
私たちは山を尊敬しなければなりません。尊敬とは、頂の神に会おうとする前に、その山について
学び、トレーニングし、見合う経験を積むことを意味します。そういったことをわきまえれば、
行きたいのに準備する時間のない忙しい人やパートナーがいない人にとっては利用価値のある
ものだと思います。
参加を決めたら各オーガナイズ会社の形態を見極め、過去の実績(トラブルも含めて)を調べること
をお勧めします(これは日本の旅行会社を経由して現地エージェントに遠征の手配を依頼する場合
も同じだと思います)。
ただ、コマーシャルエクスペディションの対象になる山はだいたい決まっており、どうしてもリスクの
低い山が中心となってしまうので、シブイ山を狙っている人には需要がないかもしれません。
そういったニーズにもフレキシブルに応えられる会社が現れてほしいものです。
最後に、最低限の英語の日常会話能力、そしてどんなに食にこだわらない人でも醤油くらいは必要
ではないかというのが、今回私が痛切に感じたことでした。(おわり)