まず、没入体験中の感覚の傾向を知るために、フロー状態尺度および各下位尺度、ピーク状態尺度の得点の傾向を以下に示した。表示は、尺度にあてはまる傾向の人(平均4点以上)の割合、尺度にあてはまらない傾向の人(平均2点以下)の割合と、その中間の人の割合である。

 フロー状態尺度35項目の全体の平均は3.71であるが、3割近い人が尺度にあてはまる傾向を示し、あてはまらない傾向を示した人はわずかであった。これに対して、ピーク状態尺度5項目の全体の平均は2.58で、尺度にあてはまる傾向を示した人は13%にとどまり、あてはまらない傾向を示した人が4割近くにのぼった。

 このことは、一番印象に残っている没入体験といえども、その体験は多くの人にとってピーク体験のような特別な認知をともなわないことを示しているといえる。


<フロー状態尺度とピーク状態尺度の得点の傾向>


 一番印象に残っている没入体験とは、一般的にどのような性質をもつのだろうか。
 フローの9つの特徴の傾向を調べたところ、8割近くの人が「注意の集中」においてあてはまる傾向を示し、没入体験はほぼ集中体験と同義にとらえられていることがわかった。

 その他の特徴で過半数の人があてはまる傾向を示したのは、「明確な目標」、「時間感覚の変容」、「自己目的的経験」であり、没入体験は多くの人にとって、明確な目標に向かって、時間を忘れるほど注意を集中し、行為そのものが目的になっている状態ととらえられていることが示された。

 また、フローの特徴のうち、「内省的自意識の喪失」であてはまる傾向を示した人は2割にとどまり、あてはまらない傾向を示した人も2割であることから、自分をふり返らなくなるという感覚は、多くの人に認知されていない特徴であることが示された。 


<フロー状態尺度の下位尺度の得点の傾向>
※ 「注意の集中」の全体の平均 4.33
  「明確な目標」の全体の平均 4.18
  「時間感覚の変容」の全体の平均 4.09
  「自己目的的経験」の全体の平均 3.83
  「明確なフィードバック」の全体の平均 3.62
  「機会と能力のマッチング感」の全体の平均 3.48
  「行為と意識の融合」の全体の平均 3.46
  「行為の統制感覚」の全体の平均 3.31
  「内省的自意識の喪失」の全体の平均 3.00



 次に、活動の経験年数、および活動内容(上位10位)によるフロー状態尺度およびピーク状態尺度の平均得点の差を比較した。その結果、フロー状態尺度においては、どちらも有意な差が確認されたが、ピーク状態尺度においては、経験年数による差は見られなかった。なお、同様に性別、年齢、職業の有無による得点の差も検討したが、差は見られなかった。

 まず、経験年数によるフロー得点の差であるが、「3年未満」のグループと「12年以上」のグループの間、および「3年以上6年未満」のグループと「12年以上」のグループの間に有意な差がみられた。このことは、ベテランになるほど、フロー得点が高くなることを示唆していると考えられる。なお、「経験なし」のグループも比較的高い値を示したが、これは新規な体験や一回限りの体験は印象深い体験となりやすく、その結果フロー度が高くなるからではないかと推察される。

 また、フロー状態尺度のどの下位尺度が経験年数に左右されるのかをみると、0.1%水準※で「行為と意識の融合」において、1%水準※で「行為の統制感覚」、「自己目的的経験」において有意な差がみられた。没入活動においてはベテランの方が、無意識にやっているが、行為そのものはコントロールできており、結果にこだわらず行為そのものを楽しんでいる様子がうかがえる。

※0.1%水準で有意→統計的に99.9%の確率で、差がないとは言えないという意味


<経験年数による得点の比較>


 次に、活動内容によるフロー状態尺度の平均の差を検討した結果、「ゲーム」、「アウトドア」、「もの・作品づくり」と「受験・資格勉強」の間、「ゲーム」、「アウトドア」と「部活動」の間に有意な差がみられた。このことは、ゲームやアウトドア活動による没入体験は、「受験・資格勉強」、「部活動」による没入体験に比して、フロー度が高いことを示している。

 また、活動内容によるピーク状態尺度の平均の差を検討した結果、「アウトドア」と「受験・資格勉強」、「ゲーム」の間、「観賞・鑑賞活動」と「ゲーム」の間に有意な差がみられた。ゲームによる没入は、フロー度は高いものの、ピーク度は著しく低いことがわかる。


<活動内容による得点の比較>

                 [フロー状態尺度の活動別平均]

                 [ピーク状態尺度の活動別平均]


 さらに、フロー状態のどの特徴が活動の種類に左右されるのかを検討した結果、9つの特徴すべてにおいて有意な差がみられた。このことは、活動の種類によってフロー経験の内実が異なることを示しており、それぞれの活動における主観的な状態の差を検討することは、没入体験の内容を明らかにするために有用であると思われる。よって、グループ間の差を検討した結果、0.1%水準で有意な差がみられるものをグラフに示した(棒グラフの赤は、青と有意な差があることを示す)。

 これらの結果から、同じ没入体験でも、「読書」や「観賞・鑑賞活動」などの受動的活動における没入は、その他の活動と比較して、はっきりした目標があるという感覚、自分の行為を統制しているという感覚は持ちにくいものの、時間や我を忘れてやっていることに無心になるような状態に特徴づけられることが示された。

 反対に、受験・資格勉強のように、将来に向かって持続的な集中が求められる活動における没入体験は、目標は非常にはっきりしているものの、その他の活動にくらべて、時間や我を忘れてやっていることに無心になり、行為そのものを楽しむという感覚が得られにくいことが示された。













 次に、没入体験後に認知する効果の傾向を知るために、没入効果尺度の得点の傾向を以下に示す。なお、没入効果尺度は因子分析※の結果、ポジティブな感情と活動の継続希望に関する因子(「快感情と動機づけ」)、創造的な能力の増大に関する因子(「創造的能力の拡大」)、自己の成長や周囲に対する肯定感と、その体験の反芻に関する因子(「自己や環境への肯定感)」の3つの下位尺度に分類された。

※因子分析→ある質問項目が、どのような潜在的な因子(要因)から影響を受けているかを探る手法。

 「快感情と動機づけ」因子の全体の平均は4.07で、6割近い人があてはまる傾向を示した。これに対して、「創造的能力の拡大」因子(全体平均3.23)と「自己や環境への肯定感」因子(全体平均3.24)については、あてはまる傾向を示した人は2割前後にとどまり、没入体験は多くの人にとって快感情のような一過性の効果をもたらすものであり、自己の成長や価値観の変容のような持続的な効果を認知する人は、それほど多くないことが示された。


<没入効果尺度の得点の傾向>


 次に、没入効果のどの因子が活動の種類に左右されるのかを検討した結果、3因子すべてにおいて有意な差がみられた。グループ間の差を検討した結果、0.1%水準で有意な差がみられるものをグラフに示す。

 これらの結果から、同じ印象深い没入体験による効果でも、「受験・資格勉強」による没入は、その他の活動と比較して、ポジティブな感情やその活動への動機づけを得られにくいこと、「ゲーム」による没入は、フロー度は一番高い値を示したものの、自己の成長や周囲に対する肯定感のような深い効果は得られにくいことが示された。

 「ゲーム」については、没入しやすいと同時に自律性を失いやすい活動でもあり、チクセイントミハイの述べるフローの危険性、つまり「人は楽しい活動を統制する能力に溺れて他のことを顧みることができなくなると、究極的な統制、つまり意識の内容を決定する自由を失う」(1990,邦訳p79)という主張を裏付ける結果といえる。

 なお、性別、年齢、職業の有無、経験年数による効果の差は見られなかった。




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